ザ・ラスト・ワルツ「姫」という酒場 山口洋子:著

 再三にわたってネタにしていますが、「おそめ」(洋泉社)という昭和のカリスマ的クラブのママを描いた本を読んでから、すーっかりこの世界に興味を持ってしまった。
 この手のことが描かれている本を、探してはむさぼり読んでいる毎日。ちょっとオーバーか。
(蛇足だが、このおそめさんは川口松太郎の小説「夜の蝶」のモデルにもなった人。
 大映山本富士子主演で映画化もされたから、古い映画好きの人は知っているかもしれない。拙文:http://d.hatena.ne.jp/hakuouatsushi/20060415 も参照してください)


●銀座における37年もの歳月
 中でもとりわけ面白かったのが、今日紹介するこの本。濃いんだよなあ…熾烈な女達の戦い、ドラマティックに鮮やかな銀座の世界! 
 1956年に銀座にはじめてクラブを開店させてから、1993年に経営権を譲渡するまでの、実に37年間の山口洋子という女の月日が描かれる。
 小さなお店から人気店に発展させていく商売ものとしての面白さ、他店のママとの駆け引き、やくざとの渡り合い、雇った女達の激しくも哀れな生き方、そして銀座の街の栄華と衰退……様々に興味深いテーマが、彼女の文章の中でシャボン玉のように煌き、膨れ上がってははじけ、消えていく。
うーん……まるで良質な映画を観るかのようで、スリリング!


●むせかえるような「銀座」のにおい
 この本が何よりも「強い」のは、山口さんが吸ってきた、「銀座の空気」というものが濃密に溢れてることだ。「体験記」ってものは自分に都合のいいようになりがちで、変にナルシスティックだったり、自己憐憫が強すぎてシラけたり、また逆に突き放しすぎて面白みにかけたりするのだけれど、ちょうどいい塩梅で山口さんは昔を懐かしみ、残すべき文化としての側面を伝え、今も昔も変わらない人間の「情」というものを文章にされている。
 関西人の「徳利」というあだ名の男が、若衆を連れていきなり山口さんのお店に乗り込んできたときの箇所を抜粋してみたい。その日は山口さんの経営するバーの開店日、その徳利がやっている店から女の子を引き抜いたのだった。


「それで」
「それでもくそも、うちの女をよくも――、生意気な」
(中略)激昂している徳利の唾を露骨に避けながら一呼吸おいて、ひたと相手を睨み据えた。
「私が生意気なら、あんたは恥知らずよ」
がらりと調子を変えた私に徳利は怯(ひる)んだ。その隙に乗じてすかさずいい募る。
だいたい何なのよ、他人の店にぞろぞろご大層に、とんだご祝儀じゃないの。
水商売なら何はともあれよそ様の開店はお祝いごと、
そんな常識も弁(わきま)えないのが超一流の関西システムですかねぇ、勉強になりますよ。
それに、と徳利の後ろにくっついてきたお供の鴉の顔を私は一人一人、穴のあくほど見回してやった。
この中でたった一人でも、社長、今日はとりあえず止めときましょう恥をかきますからと、
オーナーを止められる器量の男が居なかったんですか。仇の家でも祝い酒、
銀座のしきたりを知らない連中なんか、今日限りで全員首にしちゃいなさいよ。
雁首揃えりゃいいってもんじゃない、この役立たずが。
殴るなら殴れ、度胸を据えていた。

 この啖呵、この気風の良さ……ああ、シビレるッ! 
 銀座は次第に街の「格」を失い、社交場としての「華」を失っていったと山口さんはつづっていくが、本当に失われたのはこういった伝法で粋な「女」なのだと思う。
 しかし…思わず蛍光ペンでなぞりたくなっちゃう文章の多いこと。作詞者としての彼女の才能は、こういった多くの修羅場や苦境を経て磨かれていったんだろうなあ、としみじみ。なんか銀座の「ホテルの小部屋」や幾日もの「たそがれ」が感じられてくるというかね。
 豊富な写真も嬉しく、文庫本にして190ページの短さながら年月をしっかり感じさせる情感のこもる言葉の数々、実に素晴らしい。堪能しました。


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